昭和四十七年六月二十四日


御理解第三十六節
「日本国中のあらゆる神を皆信心すると云うが、それは余りの信心じゃ、人に物を頼むにも一人に任すと、その人が力を入れて世話をしてくれるが、多くの人に頼めば相談にくれて物事捗らず、大工を傭うても棟梁が無ければならぬ、草木でも心と云うたら一つじゃ、神信心もこの一心を出すと直ぐおかげが受けられる」


一人に任すと、その人が力を入れて世話をしてくれる、これは信心をさせて頂く者が、いわゆる此の方一心と定めて信心させて頂き、例えば三十五節の、信心は日々の改まりが第一じゃと、毎日元日の心で暮らし、日が暮れたら大晦日と思うて、といったようないわゆる生き方。
 信心は日々の改まりが第一、もう日々が修行、同時に元日のような心、日が暮れたら大晦日のような、しめくゝりのある日々を過ごさせて頂く、そういう信心がです、しかもこの三十六節を見ますとその人が力を入れて世話をしてくれるという、これは理です、そういう理です、道理です。
 この道理がです、もう愈そうだと、此の方一心と定めての信心をさせて頂いておると、それが思い込めてくるようになる訳です、これはもう本当に恐ろしい位ですね、私共が日々信心を、例えば今申しますように、信心ちゃ勿論本心の玉を研く事、改まる事と、いつも頂きますから、お互いが日々改まる事に、心をかけさせて頂くと同時に、云うなら世が明けたら元日と思い、日が暮れたら大晦日と思うてと云うように、その日その日のしめくゝりというものをです積ませて頂きながら、しかも此の方一心と定めての信心にならせて頂くとですね、一人に任すとその人が力を入れて世話をしてくれると云う、その事がですね、もう思い込められてくるようになる、これが素晴らしい。
 私はこれを昨日ほど痛切に感じた事はありませんでしたですねえもう本当にびっくりする程です。
 昨日椛目の池尻の私の姪でありますのが、急に亡くなりました。昨日遷霊祭を終らせて頂いたのが、もう夜の十一時、こゝのお月次祭が終らして頂いてからでございましたから。
 朝からずっと具合が悪くて、もう刻々悪くなっていく模様を、私が御結界に奉仕しておる時に、ずっとこうお届けがありましたが、それでまあ、おかげを頂いて、もう本当の信心の有難さというものを、私共本当に感じさせて頂いた訳でございますけれども、一番私の心にかかったのは、両親にこの事をどう伝えるかと、いう事だったんですよ、ですから、ちったその雰囲気で只事ならないという事は感じとったらしいのです、それでも具合が悪くなっていきよる、意識が段々薄くなっていきよる、昏睡状態に入ったと、いったように、亡くなってもそのように云ってあったんです。
 そして昨日お月次祭を終らせて頂きまして、遷霊のおかげを私させて頂きましたから、終らせて頂いてもう本当に、私あんな遷霊祭て初めてでした、元の旧お広前がいっぱいでした、お悔やみに来て下さってある方達も、丁度一緒になりましたから、それで帰らして頂いて、家内と二人でまあ威儀を改めて、両親の部屋に参りましたそれでまあ泰子が、こうこうだったと云う事を話させて頂きましたら、それこそ両親が威儀を正して「本当に先生、長い間ご迷惑かけた上にご迷惑かけてからご苦労でした」と云いました。
 もう母なんかは、本当に狂うように悲しむのじゃないだろうかと思いましたら、父が「先生神様の御都合の」と云いました。
 もう本当に神様の、深い御神慮、御神慮というものをですね、体験に体験を積んどらなければ、云えれる事じゃないです、そして私は又、今朝から感動させて頂いた事は、私が四時の御祈念に出らして頂いたら、後で「金光様有難う御座います、有難う御座います」と母が云いよるとですよ、もう驚いてしまいました。
 もう力もこけもぬけきってですねえ、もうとても今日なんか朝の御祈念に出てこれまい、と私は思いましたところが、ちゃんと朝の御祈念に出て来てから、しかも兎に角有難う御座います以外には無いと云うのですから、もう私は、母はあれは口癖になって有難う御座いますばっかり云いよるとじゃなかろうか、と思う位でございましたけれどもね、そうじゃあないなあ本当に、何十年間という間を此の方一心、金光様一本です、しかも矢張り日々の改まりが第一というところに焦点を置いてです、本当に世が明けたら元日と思い、日が暮れたら大晦日と思い、と、まあそうハッキリとはしないでもそういうものだとして信心をですね、積み重ねてきておる事の強さ私はもうこれには驚きました。
 いわゆるもう此の方一心にお縋りしているんだから、神様が悪い方に下さる筈はない、とこう確信してる訳です、もう本当にこれは驚きですねえ、分からんようにしておるけれどもそれが、ちゃんと積み重ねられておる。
 昨日も帰らせて頂いて、秋永先生と二人で、話させて頂いた事なんですけれども、もう兎に角秋永先生、神様の御神慮の深さ、広さは、とうてい私共で分かり得る事じゃないて、それがあとうになって、彼も神様の御都合であった、あれもおかげであったと分かるのであって、その時に分かるという事はありえない、そらそうですもんねえ、神様の御思いといったものが、私共人間で分かる位の神様なら、大した事はなかですよと云うて、二人話した事でした。
 神様の深あいそれこそ、御神慮の中にあり、まあ云うならば日々合楽の場合なんかは、このようにも一分一厘間違いの無い働きの中に、そういうおかげの中に起こってくる事であるから、これもおかげであると実感すると同時にです、いわゆる今日の一人に任すと、その人が力を入れてくれると云う事が、確信出来ておると云う事なんです、迷い信心ではいかんと仰るのは、やっぱそうなんです。
 もう此の方金光様一心、金光様一本でおかげを頂いておる時にです、昨夜月次祭でも聞いて頂いたんですけれども、信心させて頂いて、これからどのような事が起こってきても驚いてはならんぞと仰る、驚かんで済むまでの信心だけではない、信心して変わった事が起こってきたら、有難いと心得て信心せよ、とこの二つ、これが年々繰り返し、例えば此の方一心と云う信心させて頂いて、おかげを頂き、体験を積ませて頂き、日々に改まる事に精進させて頂いておるとです、本当にまさかの時にそれこそ、目の前が真っ暗うなるような場合であっても、驚かんで済むだけの信心、そういう信心が身についてくる、不思議に。
 これが今云う此の方一心でなければついてきません、同時にですね、又、信心しておって変わった事が起こってきたら、有難いと心得て信心せよ、まあ例えば、手前の簡単な事で云うならば、病気をする、お願いをする、かえってパッと熱が出たり、ちょっと悪くなったような状態になったりする、けれどもそれをおかげと心得て、とこう云うのです。
 信心しておって起ってきた事は、有難いと心得られる信心、どのような事が起ってきても驚かんで済む信心、この二つの信心が本当の合掌だと、最近この合掌という事について頂いていますね、私共何でもかんでも拝んでおる、拝み合うておる、とこう云うけれども御事柄として受けると云うだけじゃ、片一方の手で拝んでおるようなものだと、それをね、いとおしむと云うか、懐かしむと云うような、その心で受けた時に初めてその事を、合掌して受けたという事になるんだと。
 私は昨日又、その遷霊中に頂いた事をです、もうこらあ、愈こゝに極まったと、もう夕べは信心の無い人達が殆どでしたけどね、それでもこの事を皆さんにお話しなければおられなかったです、遷霊の後に、と云うのはね、肉体の世界から魂の世界に入られる儀式なんです、遷霊祭というのは。それで私、お棺の前に出らして頂いてから、その事を一生懸命お願いさせて頂いておりましたら、もう本当にきれ―いな手ですね、もう亡くなっておりますから蝋のようにしとる、その手にね、晒しの布で袋を縫ってあって、これに掛けてあるのです、合掌してる手に手袋のようにしてね、それを私が遷霊のお願いをさせて頂くと同時に、この布をネ、スッと取って下さったところを頂いた。
 はゝあ遷霊式というのは本当に大変な事だなあ、言わば矢張りある意味で、力のある者でなければ出来るこっじゃないなと思いました。それまで矢張り待ってあった魂をぬくと云う事、魂を、あの世この世の境をつけるという事、私はそのお願いをさせて頂いたと同時に、合掌しておる手から、晒で作った手袋のようなものを、とって下さったらね、その後の姿の中に丁度、鳥が空を飛んでおるように、鳥が飛んでおる姿ですね、手が自由になったから、こうこうして、あゝもう本当に私は思うた、いわゆる霊がもう、天翔り国翔り出来るという事、もう遠いもなければ近いもない、世界に霊はおかげを頂いておるという事。
 これは大概の霊の場合そうですけれども、本当に亡くなるという事と同時に、痛い痒いはなくなります、けれどもその瞬間から又、霊様の云うなら修行というのが始まる、だから私共が、いかにね、全ての事が合掌出来れるような状態で、あらなければならないかと云う事、これは私がいつも自分の身内の事を云うて、あれですけれども、妹にしましたところで、その姪の泰子にしましたところでですね、もうこの人の腹かいとるのは見た事がなかと、親子ともそげんなのです、まあ本当に、云うなら美しい心でした、肉親の私から見ても、本当に美しい心の持ち主でしたがです。
 私の神様へのお願いと同時にこれがとられて、そして羽ばたいておると云うかね、もう云うならば、天駆けり国駈けり出来るようなおかげをいただいておると云う事を、有難いと思うと同時にです、これは愈私共はです、全ての事の中に合掌出来る信心を、愈身につけていかなければならないなあ、と云う事なんです。
 私が最近云っておる、本当の意味に於いての合掌、もう何でんかんでん拝みよります、もう本当に有難う御座います、と云いよってもです、もしその人の周辺にです、自由に飛べる程しのおかげを頂いてないとするならば、あゝたが合掌しておるのは、まあだ本な物じゃあないと云う事になるのです、そうでしょうが。
 私が最近説かせて頂いておる事を、例えば昨日の泰子の遷霊で、愈裏付けられた気が致しました、これは愈本気で、全ての事を合掌出来れる信心を身につけなければいけないなと、だから私共の場合はね、そういうちょっとした見本なんですよ、私が御事柄で受けるそれに有難いと、それはね、矢張り肉親の事です、肉親と云うても今の私共の愛子と双子のようにして育ちましたから、もう本当に子供同様で二十五年間なのですから、悲しくない筈が無い、愛別離苦の苦しみはある筈なんだ、愛する者も別れる苦しみがある筈、だから私にはあるという訳である。
 ところがです、もうそれこそ私は昨日、母にその泰子のお国替えの事を、両親に申しました時にです、もう本当に、母が云うのですよ、私が具合が悪いと云うけん、何遍も何遍もお広前に出らせて頂くと、大きな御神鏡を頂くと、そしてその両端に大黒様が座って御座るけん、これは大丈夫助かるばいと思いよったと、その御神鏡というのはこの御神鏡の中に入っていく、しかも大黒様、いわゆる私の祈りの中に、と云う事なんですよ、ですからその実際にそんならいわゆる眼の中に入れても痛くない、と云われる孫が亡くなったという事を、聞かせて頂いて、本当に二十五年間、先生お世話になりまして有難う御座いましたと云うて、私と家内に手をついてからお礼を云いました、そして父が「先生神様の御都合がの」と云いました。もうこれには私も本当に、家内の方が泣き出しそうな顔しとりました。けれどもね、「本当におばあちゃん、日頃の信心の徳ですよ、こう云う時に驚かんで済む、こう云う時に慌てんで済むと云う事は、おばあちゃん日頃の信心の徳ですよ」と家内が母に申しておりました。
 私は信心と云うのはね、云うならそこ迄いかなければいかんが、そんなら今日の御理解から頂くとです、一人に任すとその人が力を入れて、世話をしてくれると云う、そこのところが確信出来て来ている訳です。あれがどうでしょう、あの人にも頼む、この人にも願うと云ったような行き方であったら、そういう時にそういう心が出んでしょう。
 それこそこゝにある 相談に暮れて物事捗らず、と云う事になってくるです、私達が目先の自分の都合の良い事だけに終始する信心からです、矢張り私共はもう、本気で神様のね、深あい一つの御神意と云う事、これはもうそれこそ、何十年も過って見なければ、分からない事さえあります。
 二代金光様が四十と云う若さで亡くなられた、それはもう、これで金光教はつぶれるかと云うごとあった、後を継がれる方は、まあだ十三才と云う事であった、けれども矢張り十三才の金光様が、後を継がれて、しかも七十年間という間を、あの御結界一筋に、もうそれこそ世界開闢以来でしょうねえ、どんな素晴らしい宗教家がおると云うても、七十年間も一筋に座りぬかれた、と云ったような宗教家が他にあるだろうか。
 いわゆるお父様の祈り、願い、どうしてじゃろうかと思いよったけれども、こういう、いわゆる金光大神、御三代をもって生神金光大神の御修行が終ると、私はお知らせ頂いとりますが、そういう素晴らしい事になる事の為だったんです。
 これは私共に例をとりましてもそうです、もう十五日間生かしておって下さりゃあ、無事に凱旋が出来たと云う、そなら私の弟です信心は一生懸命しているんですよ、それでいて、終戦十五日前に亡くなった、まあどうした事かと云うのです。
 けれども後になって分かれば分かる程、それが現在の合楽がおかげ頂く、いわゆる原動力であり、きっかけだったんですから素晴らしい、神様の深あい御神慮というものはね、とてもとてもその時に私共が、私が教師にならねばならんとか、そんな事なんかは、もう夢々思わない事で御座いました。
 まあ色々親戚の方達が、もう早速後の事を心配して下さいますがいっちょん心配いらんよと、もう本当にこれ程間違いの無い神様の働きがあって起った事だから、先の事は心配する事はいらん、よりおかげになる事だけは間違いない。但し、どういう手をもっておかげ下さるか、だから実を云うたら楽しいんだと、私が。
 神様がどういう手をもって、おかげ下さるであろうかと思っただけでも有難い、だから肉親の子供同様の者を亡くして、悲しくない筈はないのだけれども、その悲しみよりも、云うなら辛さよりも、私が頂いておる信心の喜びと云うものは、もう兎に角それにも倍するように頂いておるから、それが無いかのように見える訳なんです第一例えば肉親の者が、遷霊をしたり、霊祭なんかしない事になっているんです、それはなぜかと云うと、情が出るからです、やっぱり、病院の先生方が、自分の子供やら家内やらには、よう注射しきらんといったような例があるものなんです。
 けれども私は、いや私が遷霊もしよう、告別式も私がさせて頂こう、と云えれるだけのものを持っている、一つも使わないその情を只霊様一筋、神様一筋で出来ると云うそれがあるから、私は出来るんです、よう本当におかげ頂いておる事だなと、だからそういう例えば事に当って、そういう事を確かめることが出来る、自分の信心を確かめる事が出来る、という事が有難いですね 信心は、
 愈神様の間違いなさというものを、過去の体験によって、分からせて頂いておるのでございますから、もう今日只今起きておる、それは肉眼で見たら悲しい事である、難儀な事であるけれども、それは肉眼の世界で見るだけの事、そこでです、私共が心の眼を開かせて頂いて、詳しい事は分からん、どういう訳なのか分からん、この事がどういうおかげに展開していくのかも分からん、けれどもこれも神様のいわゆる、父の言葉を借りるとです、先生神様の御都合がのと、こう と云う神様の御都合、しかもその御都合とは、よりおかげを下さろうとする神様の御都合以外には無いと、分からせて頂く時にです、いわゆる過去の事もおかげであるなら、今日只今起っておるその問題も又、有難いと云う事になってくる訳です。
 折角信心させて頂くなら、そこ迄の信心を頂きたい、今日は関さんの所の宅祭り、まあ本当に忙しいと云や忙しい事でございますよね、しかしもう、しめったとか、悲しいとか云う思いでお祭りを仕えるものが、さらさらありません、それは不思議な事ですよ、例えば昨日両親の姿を見てそれを思いました、本当に家内が云うようにおばあちゃん日頃の信心の徳ですよと、そして後から云いよりますもん「私ゃもう此頃から涙もろうなって、泣きべそになっとるばってんが、今度の泰子の事だけは、どげん悪かと聞いたっちゃですねもう涙も出らじゃったと、只お願い、お縋りする他なかった」と云うておりますようにね、これはもう理屈じゃないです、だからそういうような姿は、信心の無い人、信心の薄い人から見たら、どうした冷淡なおっちゃんじゃろうか、と云うごたろうけれども、しかし私はこう云う有難い心が頂けるのが信心だと。
 昨日は本当に、信心の無い人達もいっぱいの中に、その事を私は聞いてもらいました。だから信心と云うものは、信心しよるから、都合の良か事ばっかりという事ではなくて、それこそ目の前が真っ暗になるような事があるけれども、その事自体を驚かんで済むだけの、どつこいと受けられる信心、そらそん時は、ちったよろよろしますよ、けれどもお取り次を頂いて、お願いをさせて頂いたら、心が定まったといったような、しかも考えさせて頂けば頂く程、このようにも間違いのない働きの中に起ってくる事であるから、神様の深い深い御神慮の中にあることであるから、お礼を申し上げる以外にはないと云う事、と云うこの二つがね、合掌という事になる。
 そして私が最近こゝで申しております事がです、泰子の今度の灰によってですね、愈合点がいった事は、本当に合掌が出来るようになったら、もう自由自在のおかげが受けられると云う事なんです。私共はまだ、ぎこちないです、けれども大体 はゝあそうかなあ、親先生が有難い有難い云いなさるが、やっぱりまあ自由自在と迄はいかんでもです、云うなら自分の心を使う事でもです、悲しからにゃならん時に、悲しくない程の心が使えるという事は、有難い事だと、しかもその、心に自由自在のおかげ、例えばもう私は昨日申しましたがね、この前のお月次祭迄は丁度私の正面に座って、楽の御用を頂いておる訳です。
 ところが昨日は、田中さんとこの娘さんが、今頃からず―っと楽の御用をさして頂いて、おかげで白衣も出来てきた、袴も出来てきた、そして今度のお月次祭から、おかげを頂こうと云うのですからね、もう泰子の座というものは、田中さんがもう引き受けて下さっておる。
 私昨日もそれをこっちから拝ませて頂いて間違いの無い事だなあ有難い事だなあ、こういう働きの中に、あゝあったりこうあったりまあ云うならば、人間最大の悲しみですよね、死ぬると云う事は。けれども私共は霊の世界、魂の世界を信じておる、そしてそういう中にあって、そんなら私は、御信者さんの家の謝恩祭にも出させて頂けるという事、ちょっと伸ばして頂こうと云う事がいらんと云う事、そして明日は愈告別式、私が祭主をさせて頂こうと思うのですけれども、その辺のところを何かしら縫うようにね、神様はお繰り合わせを下さっての事でございます。
 それが例えば信心好きとか、あれも拝みこれも拝みと云うのが信心者のような、言い方をする人がありますけれども、それではいけん、それは他の神様仏様も軽蔑する事は出来ませんけれども、矢張り此の方一心と定めて、此の方一人にいつもお任せしとると云う、信心からしか、今日私が申しましたようなものは生まれてこない。それは私共は有難いのであり、それが云うならば、あの世にも持って行けれるようなものになってくると思うです。
 昨夜帰って参りましてから、両親の所へ報告に参りまして、本当に家内と二人でもう、どうしようかと云いよったら、おかげ頂いたね、と云うてから食堂さえやつて来ました、そしたら秋永先生が、「茂さんが来とりますよ」と、「あらあげん具合の悪かと云いよったのが」そらもう行ったら、ひげぼうぼうとしてから休んどったとそしたら合楽でこうで、親先生は明日はお祭りにおいでなならん、あさってはお葬式だからこうだと云うてから、話してからもうそのまゝ起き上がってきてから、それで茂さんは今風呂入ってから、こげなこつじゃあ先生の前に出られんけん、と云うてから髭を削りよりますと、そして先生の頭もつませて頂く、髭も削らして頂くと云いよりますからと云うから、もう二じ過ぎだったでしょうか、休ませて頂いたのは。
 例えば一つの本当に素晴らしい事はね、その波紋が実に素晴らしい事に、広がっていくのです、これはもう茂さんの場合なんかも、これはもう内容は全然違いますけれども、そうやって、のばした髭でもそろうかと云う気になったと云う事は、茂さんが大変なおかげを頂いとると、云う事なんですよ、というようにね、おかげはおかげを産んでいく、おかげの波紋というものは、広がっていくというものでなからにゃでけん。
 悲しい事が悲しい事につながっていくと云うのではなく、私はどうでもひとつ、おかげはおかげの波紋に広がっていく程しの、おかげにならなければならんと思いますが、今日三十六節を頂いて、只今日は一人に任すとその人が力を入れて、世話をしてくれると、これはもう道理なんです。
 ですから、私共は神様にお縋りするに致しましても、それが積み重ねられてから、その事が確信づけられてくる時に、それこそ一番悲しい事に直面させて頂いてもです、この神様にお願いをしての事であるから、もうお願いしてあっての事であるから、神様がいわゆる微に入り細にわたって、お世話して下さるんだというものが、心の中に暗に感じられる訳です。
 だから驚かんでも済む、悲しまんでも済むというような、おかげになってくるのじゃないでしょうかね。        どうぞ